久々にとあるうどん屋さんに行った。

今の2拠点生活で、奥さんが良く移動してくれてた頃、時々一緒に行ってたお店。

営業が不定期である日突然休みだったりするもんだから、足が遠のいてしまってたけど相変わらず出汁がめっちゃ美味かった。

少し早めの夜ご飯を取って、しばらくした頃から僕の仕事が再開する。

数年前は全て手作業でやってて、今よりも断然に事業規模も小さかったと言うのに途方も無く時間が掛かっていた作業が、Excelのマクロで全ての仕事が色々と思案する時間を含めても30分程度で終わってしまう。

今はAIでSEOで狙ったキーワードに沿った記事(AIチェックも掻い潜れるもの)からプレゼンのスライド、企画書やLPの原稿に至るまで本当にありとあらゆる事がAIで、なおかつ短時間に出来るようになった。

今後どうなるかはさておき、今現在AIを使い倒してる自分自身の状況から見るに、AIが人間の仕事を奪う事はほぼ無いように思う。

AIの作ったものはどこまで行ってもAIであり、アイデア出しなんかも正直まだまだ参考にはならない。

AIは人の出来る領域を拡大させたり、効率化させるものであるけれど、多くの場合において(人の絶対数は減ると思うが)AIが人に取って代わるようなものではない事は理解しておくべきだと思う。

とは言え、例外的にAIで事足りてしまう事が一つだけあった。

これまで良い素早く的確なコミュニケーションの為、仕事上の通訳を外注していた。

基本的に英語でコミュニケーションするのだけど、より深いコミュニケーションをするには相手方の母国語でコミュニケーションした方が、相手の身に立って考えれば上手くいくのは間違いがない。

だけど、このような翻訳に限ってはもう既にAIがその役割を完全に果たしてくれている。

勿論、人間がやる温度感や肌感みたいなものはAIには無いが、メールやメッセージアプリなどでコミュニケーションする分に関しては僕と相手方の間に人が介在するよりも、AIに全て翻訳させた方がスピード感も上がるし、何より翻訳者の意図や解釈を挟まない分、ストレートに僕の言葉が伝わるから仕事のスピード感が上がるのではと考えたのがキッカケだった。

最初は「まだちょっと早かったかな」と思ったが、AIに学習させて行ったり、知識情報を沢山提供してやる事で成長して来たのか、今ではすっかり僕の右腕となった。

実際に顔を合わせてコミュニケーションする場合には、AIよりは通訳を入れるか英語でコミュニケーションすべきだと思うけれど、次回、海外の取引先と顔を合わすまで約1年近くの間にAIがどこまでの成長を遂げるかによっては通訳を雇わずにAIでどこまでやれるのか試してみても良いかもしれないと思っている。

今日も奥さんと何度か電話で話をした。

電話を掛けた時、前後に奥さんのスケジュールが入っていたりすると数分で強制終了されてしまうが、家事なども終えた夜の場合は比較的長く話す事が多い。

今日は僕が帰宅している事を知ってた奥さんから電話があったが、気を抜いてるときに電話を取ったので思わず「もしもし」と出たら「話をするのが難しい状況の時以外ではもしもしと言って出てはならない」と、これまで暗黙のルールとして互いに認識していたルールが今日を持ってルール化された日になった。なぜ「もしもし」と出たのかと言う弁明の機会を与えられた以外は、やっぱり今日も会話の99.5%は奥さんのテニススクールの話題やラケットを試打できる店がなくラケット選びに苦労すると言った話をひとしきり聞いた後に「風呂に入る準備をするから」と話が強制終了されて終わった。

今日も奥さんが元気そうで何よりだ。

こう言う毎日が平和で、物騒な事件ばかりが目に付く昨今、明日も明後日もこう言う当たり前が当たり前にある日であって欲しい。